思索日記

本を読んで思ったことを書いてます。

消費資本主義![本紹介・読書感想]

タイトルから想像できるように消費主義批判の本・・・ではあるんだけど、メイントピックはそれじゃない。 これは進化心理学の本であり、マーケティングの本だ。・・・いや本当だって!

だから本書と関連するのは「資本論」ではなく、次のような本が該当する。

まず本書を読んだ感想だけど、めちゃくちゃ面白かった!これまで読んだ本の中でいちばん良かった本の一つに間違いなく入る。最初から最後まで脳汁とまらないくらい面白くて興奮した。知的好奇心を「くすぐる」っていう表現あるけど、ずっとくすぐられて笑い転げてる感覚*1。「最後が面白い!」って感じではなくて章ごとに楽しめるポイントが用意されていて、飽きる暇のなく最後まで読み切った。

ざっくり要約

面白かったポイントをはやくしゃべりたい気持ちをぐっとこらえて、先に要約を伝えよう。これで面白そうと思ってくれた方がもしいたら今すぐ読んだ方がいい!

消費主義社会の中心にマーケティングがある。マーケティングは、みんな勘違いしているけれど単なる広告ではない。マーケティング革命は、人類史上最重要の革命の一つである。マーケティングは物質主義を加速したのではなく、自己愛におぼれ主観的な快楽と社会的地位とロマンスとライフスタイルにもとづくインチキ精神主義*2を促進した。

消費には見せびらかし的な側面自己刺激的な側面という2つの側面がある。たとえばiPod*3であれば、かっこよさ・地位・豊かさなどを見せびらかす側面があり、音楽や動画を再生し本人に快楽を与えるという自己刺激的な側面がある。本書では前者の「見せびらかし的な側面」に注目する。

私が最新・最上級のMacBook Pro(M1 Pro, 2021) 274000円 を買ったのは必要だったからで、見せびらかし的な側面は一切ない。(その最高のCPU性能はこうしてブログを執筆するために使われる。)

私たちは消費主義社会で頻繁に次のような広告メッセージを受け取っている:「この製品/サービスを買えばこういう効果が得られますよ」。ここでいう効果とは、異性の気をもっと引くためのシグナルを送れるようになるというもの。このシグナルには、「私の知性・健康具合・性格・道徳性(優しさとか)は優れていますよ〜!」というメッセージが込められている。ここでポイントになるのは、人々が本当に知性とか道徳性を相手から感じるのは、日々の生活を共にしたりおしゃべりしたりする時であって、相手の所有物からではないということ*4。だから、消費主義社会でやりとりされる「この製品を買えばこういう効果が得られますよ(そして、もっと異性の気を引けるようになりますよ)」という広告メッセージは完全に嘘であり(当然)、マーケター側もそう名言はしない。そして、マーケターは消費者に「本当は日々の生活やコミュニケーションの方がよほど大事である」という真実を悟らせてはいけないのだ*5

人間でもそれ以外の動物でも、異性の気を引くためのシグナルとして最初に登場して意味があったのは、優秀な遺伝子を持ち生存と繁殖に有利であることを示すものだった。たとえばずっと求愛の歌を歌えるハトは、病気や飢えなどの不具合がないことを示す。クジャクの美しい尾羽も、維持するのが大変であり健康と遺伝子の品質を誇示する。このように動物には、自分のすぐれた遺伝子を示唆するための見せびらかし本能が備わっている。一方人間の場合は、高価な商品を持つことでもそれを行い、それが見せびらかし的消費である

Alexandru Boroş, CC BY 3.0 https://creativecommons.org/licenses/by/3.0, via Wikimedia Commons

見せびらかし的消費には浪費によるもの、精度によるもの、評判によるものの3つのタイプがある。浪費はたくさんの資源やエネルギーを投入できることを意味する。精度はたくさんの注意や技能を投入できることを意味する。評判はたくさん資源や注意を投入するのではなく、ブランドとしての価値のみを持ち、自分以外の集団のメンバーがその正当性を保ってくれる。

美しく整えられたキッチン。豪奢で浪費的というよりは、精度による見せびらかし。

人々は、知性や健康具合や性格や道徳性などが優れているということを、消費以外にもさまざまな方法で誇示する。大学の学位を持っていることをアピールするのは、それなりの一般知性があり堅実性があることをアピールするため。しっかりと手入れのできる製品を維持する(ペット、明るい色の衣服、身だしなみ)ことは高い堅実性のアピールにつながる。

でも、それなりの一般知性と堅実性があることを示すのにわざわざ高い学費を払う必要はあるのだろうか?独学で十分ではないか?恋人や友人に自分らしさをもっと見て欲しいと思って様々な見せびらかし消費をするけれど、それ自体に夢中になってしまった結果肝心のアピールする中身の自分がなくなってしまっていないか。それであれば、見せびらかし消費の代わりに、知人から借りたり、自作したり、地域の職人に依頼すればずっと安上がりで、購買能力以外の点でも見せびらかしにつながる。見せびらかし本能と上手に付き合うために、見せびらかし消費の課題についてもっと考えよう。

面白かったポイント

刺激的なテーマ

「消費資本主義」というタイトルからは予想もつかない「進化心理学」のテーマを扱っていることが、本を開いてから判明していきなり衝撃を受ける。消費主義の本だと思ったらマーケティングの本かい!いや進化心理学かい!「なぜ、ある商品を魅力的に感じてしまうのか?」という、進化心理学 × マーケティングを組み合わせた問いも意外で面白い。

取り扱うテーマはどれも刺激的で飽きずに読める。消費主義、進化心理学、中核六項目*6、高コストシグナリング、適応度の見せびらかし というキーワードが登場するがどれもそれ単独で興味深い。たとえば進化心理学では、「なぜ、ある特定の性格が異性から好まれるのか?」という問いへの回答を試みる。おなじみの「おもしろ心理学実験」もいくつか登場する。そのうち1件は特に面白くて、元論文を読んでみたので下記で紹介。

tomato10.hatenablog.com

軽快でわかりやすい文体

「適応度の見せびらかし」というあけすけな物言いが癖になる(序盤から終盤まで、ずっと見せびらかしという表現を使う)。「大学の卒業証書って結局やりたいことはIQ(適応度指標として優れている)が高いことを見せびらかすってことでしょ」などと、いろんな人のコンプレックスを刺激しそうな領域にずけずけと踏み込むのはとても痛快。比喩や、シニカルなジョークのセンスが良くて、読んでいてずっと気持ちがいい。淡々とした口調だけど教養があって学者ジョークがかっこいい「サピエンス全史」みたいなタイプとは異なり、本書はセンスはあるのにどストレートな、一刀両断するような表現が特徴。

最近の『ヴォーグ』誌に掲載されたロレアルの「グラム・シャイン・プランピング・リップカラー」という名称の口紅は、「独自のミクロ化粧技術」をうたい文句に掲げ、「べたつかないテクスチャのうるおい保湿調合法が、魅惑の次元と信じられない輝きの健康リップをあなたに」と主張している。息継ぎもせずに科学めいた用語と感覚的な言い回しでまくしたてるこの宣伝文は、もっと正直に書き直せばこうなるだろう:「この口紅を使えば、あなたの色欲ともうまもなく始まる排卵のシグナルをセックスもひさしくごぶさたな倦怠期の夫に送れるばかりでなく、ご近所の男性やご家庭の使用人にも送れますよ。」 p.122

おいそれ言うなって!そんなあけすけに言ったら終わりだから!! ・・・こんな具合で、マーケティングや見せびらかし消費について本質を見抜いた、裸の王様的な表現が連発される。それでいて文章は平易で、ほとんど難しい単語や概念は登場せず、前知識いらずに読めてわかりやすい。

厳密&退屈と、テキトー&面白い のバランス

あんまり詳しくないのにこういうことを言うのは失礼だとわかっているけど、進化心理学って再現性に問題があるとか聞くし、優生思想と結びついていると思われそうだし・・・半信半疑な思いが、正直自分にはある。本書はそんな進化心理学というきわどいテーマに対して、しっかりと典拠を示すことで、できる精一杯の科学的根拠を提示してくれている。参考文献の量が多いので、巻末のURLからWEBページにアクセスして確認することができるスタイル。

また一方で、心理学x消費主義批判という科学ばかりで退屈になりそうなテーマに対して、「こうすればいいじゃん!」という大胆な提言をしているのが本書の特徴だ。科学的見地からの説明だけでなく、消費主義の問題点に対して実際に行動できそうな(無理っぽいのもたくさんある)処方箋を出してくれているので、単なるおもしろ進化心理学本の枠にとらわれない。

その他雑感

  • 本書の原著が出版されたのは2009年。SNS全盛期の前だ。今の世の中はますます本書の指摘が沁みるようになっている。
  • 本書はマーケティングの本質本として読めるし、マーケティングの問題点を指摘する本としても読める。
    • 人々の消費意欲を刺激するって結局はどういうこと?=適応度が高いことを見せびらかせる、と言うことを示唆すること。
    • マーケティングの問題点=見せびらかし消費は実際にはどれも効果が無く、本当に適応度が高いことを見せびらかすためにはお金なんて必要ないこと。
  • 消費主義の持つ問題点について、本文でもっと語ってほしいなと思った。負の外部性を持つということには触れてはいるけど、具体的にどんな負の外部性をもたらすから消費主義が問題なのかにもっと触れても良いかなと。
  • 消費主義社会の考察は、本書のような見せびらかし的な説明の他に、ボードリヤールが言った*7「記号的消費・他者との差異化」でも説明ができそう。・・・と思ったけど結局それも「他者と(センスの)差別化」= 見せびらかしに含まれるのか。
  • 第15章(魂の遠心分離)で拒絶戦略の愚かさについてコメントしているけど、自分はこれには反対。以前読んだ本「欲望について」とその感想を参照。消費以外の方法で見せびらかしをしたとしても、負の外部性がいくらか和らぐことにはつながるけれども心の平穏は訪れない。それよりは、アーミッシュのようにどこかの段階でさっぱりと禁欲してしまったほうがトレッドミル状態にならなくて済みそう。実現性はさておき・・・

奥付

消費資本主義!
ジェフリー・ミラー 著
片岡宏仁 訳
2017年、勁草書房

*1:実際に笑い転げていたわけではないけど

*2:p.61から引用。めっちゃコテンパンに言うじゃん・・・w

*3:本書の原著”Spent: Sex, Evolution, and Consumer Behavior”の発行は2009年。

*4:やや複雑なので整理。2段階のメッセージが登場した。広告主から商品を通じて購入者に送られるのは、「この商品にはこういう見せびらかし効果があって、もっと異性の気を引けるようになるよ」というメッセージ。購入者(つまり使用者)から商品見せびらかしを通じて周囲の人に送られるのは、「私はこういう高級品を購入・所有・維持できる程度には優れているよ」というメッセージ。そして、後者には効果が無い。

*5:ちなみにわかりやすさのために異性の気を引くことを例に出したけど、こうした見せびらかし的な消費は異性の気を引く以外にも役割を持つ。自分のステータス・能力が高いことを示せれば、親や家族や友人や上司からも、もっと気にかけてもらって支援を引き出すことができる。

*6:要約では割愛したが、本書の中盤に登場する重要な概念。人の特性をよく表してくれる、1つの知能指標+5つの性格指標。5つの性格指標はビッグファイブ性格因子とよばれ、心理学では非常に有名。この中核六項目は人の成功やさまざまな特性をよく予測する。

*7:今回はちゃんと「消費社会の神話と構造」読んできたよ!眺めただけだけど!