価値観の更新、速すぎ問題
確か伊集院光の深夜ラジオで聞いた話だが、「コンプラやハラスメントに対する意識の変化」で思ったことがある。彼は「ハラスメントに対する意識やバッシングが強すぎて、こちら側(おじさん側)が敏感になってしまい気軽に誘うことはもう無理になってしまった」「忘年会に誘わないでくれというならともかく、忘年会を開かないでくれとまで言われるともうね」のようなことを言っていた。
一見よくあるコンプラに対する愚痴に聞こえてしまうが、この話を聞いて考えたのは「社会の価値観・倫理観の変化が速すぎて、さすがに色々と不具合が起き始めていないか」ということである。
昔は「世代交代」が価値観を更新していた
時代に合わせて考え方が変化すること自体は昔からあった。ただ、理由はともかく、考え方の変化のスピードは歴史的にみて次第に大きくなっているように思う。
もちろん昔も、大きな出来事によって価値観が急激に変化することはあっただろう。ただ平時では、社会の価値観の変化は、大部分が世代交代――つまり前世代の人間が「死ぬ」ことによって起きていたのではないか。だから考え方の変化のスピードは人間の寿命に左右されていた。
一方で現代では、社会の価値観の更新周期が人間の寿命より明らかに短い。ひとつの人生の中で何度も考え方の変化が起きるようになってきている。
過去の自分が古い価値観になっていくのが現代
すると厄介な問題が起きる。昔なら「古い価値観の人」とは、自分より前の世代の人だった。しかし今では、「古い価値観の人」が20年前の自分自身であることがあり得てしまう。
伊集院からラジオつながりで例を挙げよう。爆笑問題が立川談志と初めて会った際、酒がまったく飲めない爆笑問題の二人が、憧れの談志から「3杯飲め」と言われ、田中は吐きながらも酒を飲んだ、という有名な話だ。*1 *2 あれは最後のオチで田中が「今日はいい日だぁ」と言ったことで締められるからいい話として消化されてはいるものの、談志がやっていることは2026年の意識で言えばアルハラ・パワハラとして問題視され、炎上しかねない(というか、まあ確実に炎上するだろうね)内容と言える。ここで考えたいのは、この話自体がいい話なのかハラスメントなのか ではなく、「かつては『いい話』だったものが、現代では『いい話』ではなくなったのか」「かつて『いい話』だったなら、現代の視点からそれをハラスメント話として再解釈していいのか」「仮に現代の視点からハラスメント話ととらえたとして、談志は現代の視点で批判されるべきなのか」である。*3
冒頭話した伊集院光のラジオの件も、実はこの文脈の話だった。「若手を飲みに誘ったら来てくれたが、断れなかっただけで本当は嫌だったと後から言われたら?」「少し前ならこの話は若手側にそんな馬鹿な話あるか、という非があったが、今後は昔やっていたあんなことやこんなことが後になって非難される可能性があると思うと気軽に誘うことは到底無理」と。
過去への遡及
個人的には、かつての出来事について解釈を後から変更したり非難したりすること自体は健全な行いであるように思う。たとえば戦前の明治民法では、妻の法律上の能力が制限されており、一定の法律行為には夫の許可が必要とされた*4が、現代で見ればとんでもない話だ。これに対して「当時は普通だった」と言って甘い評価を与えてやる必要はないだろう。
一方でそれはある意味、出来事だけでなく、そこに関わった人々もすでに「過去の世代」だからこそ、ためらいなく振り返り、批判できるようにも思う。「昔の人はこんなことをやっていた。今から考えればおかしい」と言うのは簡単だ。しかし、ひとつの人生の中で考え方のトレンドが大きく変化し、その変化をまたいで生きている人に「あのときあんなこと言っていた・していたよな?」と非難することについては、どうしても同情の余地があるのではないだろうか*5。
世代交代を待たず、ひとりの人間の人生の途中で社会の価値観そのものが入れ替わる。そんなことが過去になかったわけではない。たとえば戦前から戦後にかけての日本は、その極端な例だろう。1945年の敗戦後、それまで学校で正しいと教えられていたことの多くが、短期間のうちに否定された。そこで育った普通の人々は、自分自身の過去をどう理解しただろうか。
戦争や革命なら、このような急激な価値観の転換が起きることは理解できる。だが昨今のハラスメントや人権意識に代表される倫理観の更新も、それを思わせるほどの変革スピードではないだろうか?
20年後には今の自分も古くなるんだぞ
そしてこれは、20年後の自分にも返ってくる問題になる。今の自分が最新の価値観に沿っている、ベストだと思ってした行動が、発言が、書いた記事が、2046年には単に古臭いだけでなく、危険な、気持ち悪い、おかしなものとして糾弾されてしまうかもしれない。
だから伊集院はもう後輩を誘えないと言うし、自分はもうブログを書くのもやめるわ。……なんてことにならないといいね。一生のうちに何度も「自分が正しいと思っていたもの」が古くなる時代を、どうやって生きていこうかね。
*1:太田光代「本の話」 https://books.bunshun.jp/articles/-/10386
*2:太田上田#23 https://www.youtube.com/watch?v=7gm1RLk8Ibk
*3:そしてもう一つ。「当事者が今でも『いい思い出』だと思っているものを、外野がハラスメントと呼んでいいのか」。自分が同じことをされたら最悪。でも、本人たちは今でもいい思い出だと言っている。それを2026年の外野である自分が「いや、それは被害だった」と訂正するのも変じゃないか。
*4:いわゆる「妻の無能力」。
*5:同情としか言えないのが苦しい。現代の価値観では明らかにアウトなことではあるからな。。









