思索日記

本を読んで思ったことを書いてます。

2023年に読んだ本

週1冊程度は読んできたけど紹介するほど良かった本が10冊なかった。しかし1と2はいきなり殿堂入りするくらい良かったので、今更だけど紹介。今回紹介するのは5冊です。*1

1. いつも時間がないあなたに 欠乏の行動経済学

昨年の記事「知識の資本主義」で扱った。

tomato10.hatenablog.com

たまには自己啓発本でも、と思って読んだらゴリゴリの行動経済学だった。一周して自己啓発的な示唆が多分に含まれており、それでこういうタイトルになっていると思われる。タイトル詐欺。認知資源やお金や時間の欠乏は、「メリットもあるがデメリットのほうが大きい」ということを丁寧に教えてくれる。”欠乏”と一言でまとめて考えられることに着目するのすごい。多忙と貧困の共通点なんてよく気がついたよね。。

昨年前半、仕事が忙しすぎて目が回る状況だった。自分は体調を崩してしまい先に離脱してしまい、そのときにこの本に出会った。自分のこれまでの仕事に没頭している状況は、まさに本書でいう「認知資源の欠乏」という言葉がぴったりはまるように思えた。だからまだ仕事を頑張ってくれているチームメイトに本書をおすすめしたかったのだけど、タイトルの「いつも時間がないあなたに」はなんだか嫌味っぽくて紹介できなかった・・・w そう、本書はタイトルが良くない。

正直それほど知名度がある本ではないものの、「消費資本主義!」とあわせて、これまで読んだ本の中で自分の「Sランク:殿堂入り」をつけられる4冊のうちの1つに入るくらいよかった。でもタイトルは合ってない。めちゃくちゃためになるし内容も面白いし超おすすめ!いつも時間がないあなたこそ、なんとか時間を作ってでも読んでほしい。時間がなかったらAudibleでも良いと思う!ただしタイトルには期待しないこと。

www.hayakawa-online.co.jp

センディル・ムッライナタン、エルダー・シャフィール著、太田直子訳『いつも「時間がない」あなたに 欠乏の行動経済学」2015年、早川書房
出会った場所: Audibleで聞く本を物色していたときに発見。

2. 消費資本主義!

tomato10.hatenablog.com

消費資本主義!の記事で扱った。詳しくはそちらを参照。資本主義批判の本かと思ったらマーケティングの本だった。マーケティングの本かと思ったら進化心理学の本だった。資本主義や消費主義を批判するスリリングなテーマと、筆者のあけすけな表現が癖になる。

www.keisoshobo.co.jp

ジェフリー・ミラー著、片岡宏仁訳「消費資本主義!」2017年、勁草書房
出会った場所: 地元の図書館で経済学の新しい本を探していたときに発見。

3. 冷凍保存の教科書ビギナーズ

冗談とかじゃなくて今年読んだ本ベスト5に堂々ランクイン。このラインナップに差し込む価値あり!!

まずタイトルに偽りなく、「冷凍保存の教科書」として素晴らしい。食材を余らせ腐らせてしまいがちなビギナーが冷凍保存と出会うとどのように食生活が変わるのか簡潔に提示し、冷凍保存の基本を教えた後、食材ごとの保存方法を細かく見ていく。これは学校のテキストの導入→公式&例題→練習問題と同じ流れになっている。基本公式の数が少ない(メイン1つ、サブ2つ)ので、いろんな食材の保存方法(基本はほぼ同じ)を見ていくだけで公式が頭に残るようになっている。

せっかくなのでその基本公式を紹介しておこう。最も重要なのは「冷凍保存袋を使うこと」。冷凍保存袋とはジップロックのこと。冷凍保存用の袋はそれ専用に作られているので、これに入れて保存することで乾燥を防ぎ、保存状況がぐっと良くなる。

またサブのテクニックとして、「小分けにして保存すること」「急速冷凍を活用すること」が紹介されている。たとえばひき肉を冷凍する際、買ってきたパックのまま冷凍してしまうと、使う際にすべてを解凍しなければならず使い勝手が悪くなる。そこで使うぶんだけラップで包んでから冷凍するか、まるごと冷凍保存袋に入れて割り箸などですじ(切れ目)を入れてから冷凍することで、小分けに使うことが可能になる。もう一つの「急速冷凍」はちょっと手間がかかるが、金属バットに食品を並べて全体にラップをかけてから冷凍し、凍ってから冷凍保存袋に移すという方法。こうすると食品がバラバラに冷凍され、それぞれがくっつかないため小分けに使いやすくなるのだ!ブロッコリー、小口切りのねぎ、ぶどう等がこの方法に適している。

ね、簡単でしょう?冷凍のテクニックで紹介されているのってほとんどこれだけ。本書の残りの部分は、この基本テクニックをひたすらいろんな食品に応用しているだけ*2。この反復的な構成で、基本テクニックがしっかり頭に入るようになっている。

でなんでこれがランクインしているのかというと、本書は「他人に物事を教えるときのお手本」として相応しいと思ったから。簡潔でわかりやすく、なにより「身につく」ように工夫されており、感心を通り越して感動した。単に自己満足的な説明ではなく、本当に身につき、実用することを念頭に置いているのが素晴らしいと思った。自分もいろいろと他人に教えることがあるけど、こんな感じで上手に教えられたら良いな。

www.shin-sei.co.jp

𠮷田瑞子「冷凍保存の教科書ビギナーズ」2012年、新星出版社
出会った場所: ブックオフのレシピ本コーナーで。

4. 人生の短さについて

光文社古典新訳文庫で読んだ。このシリーズは訳のやさしさ・わかりやすさで有名だが、確かにとても読みやすく親しみやすかった。著者のセネカは紀元前1年にローマ(の属州)で生まれた哲学者。本作はセネカが近親者であるパウリヌスの多忙ぶりを聞いて、彼に宛てて書いた手紙とされている。それにしても、古代人の悩み、現代人とまったく変わらない。2000年前だよね?

わたしはいつも驚いて見ているのだが、だれかが時間をくださいとお願いすると、求められたほうは、いとも簡単に与えてしまう。どちらも、時間が求められた理由は気にするくせに、時間そのもののことは気にしない。時間はどうでもいいもののように求められ、どうでもいいもののように与えられる。あらゆるものの中で最も高価なものをもてあそんでいるのだ。(「人生の短さについて 他2編」p.42)

ちょっと話はずれるが、コテンラジオを聞いていて思うこと。時代を経て、あるいは文化により変わることと変わらないことがある。人間の生存条件とかは変わらない。食べ物とか住居とか。一方、生活レベルの最低水準は変わる。衣服を変えるかどうか、風呂に入るかどうか、デジタルデバイスの利用などは時代で変化してきた。人間関係についての悩みを持つことなどは共通してる。

自分は、忙しすぎてもうダメかもというときに本書に出会って、自分をもっと大事にしようと思うきっかけになった。*3「自分の人生に与えられた時間を大切にしよう。自分の時間を活用する際の主導権を自分が持つということが、時間を大切にすることにつながる。」というのが、本書の主たる主張(私のまとめです)。

ひとは、自分の土地が他人に占領されることを許さない。土地の境界線をめぐるいさかいが起これば、それがいかに些細なものであっても、石や武器を手にして争おうとする。それなのに、ひとは、自分の人生の中に他人が侵入してきても、気にもしない。いな、それどころか、いずれは自分の人生を乗っ取ってしまうようなやからを、みずから招き入れるようなまねさえするのである。(「人生の短さについて 他2編」p.22)

ね?もっと自分の時間大事にしなきゃー!って思うでしょ? すごく染みるのよ。全体を通してこんな感じ。説教くさいようにも思えるけれど、2000年の時代の風化に耐えて残っている説教だと考えれば印象も変わるのではないでしょうか。

前述の通りとても読みやすい本だった。哲学でしかも古典なので、読んでいると賢そうに見える。そういうギャップ的な意味でもコスパの良い一冊。「人生の短さについて 他2編」のうち「人生の短さについて」の部分はわずか75ページほどなので、気軽に読んでみてほしい。

www.kotensinyaku.jp

セネカ著、中澤務訳「人生の短さについて 他2篇」2017年、光文社
出会った場所: 地元の大型書店で。もともとセネカの本は読んでみたいと思っていたのと、スマホなし旅のお供の文庫本を探していたのでマッチした。

5. 実力も運のうち

マイケル・サンデルによる王道の倫理学本。「能力主義」をテーマに、道徳的価値や評価について徹底的に考える。

能力主義とは、人の地位・評価・財産などの配分を、その人の能力によって行うという考え方。現代の多くの社会では、この考え方は当たり前のように行われている。能力主義社会は、それ以前の社会と比較すると理不尽がない、素晴らしい社会のように見える。かつては性別や生まれた家によって職業が制限され、昇進や昇給の限界が明確にあった。法的な制度が撤廃されてからも、それらは文化や慣習として長い間残ったが、時間をかけて少しずつ解消され、能力主義化されていった。

性別、家柄、人種ではなく、その人の能力によって職業や地位が割り当てられるというのは、このような文脈で見ると真っ当に思える。だが、著者のマイケル・サンデルは、この能力主義の流行に対して次第に違和感を感じるようになったという。

私が能力主義的な機運の高まりに最初に気づいたのは、学生の声を通じてのことだった。1980年からハーバード大学で政治哲学を教えてきたため、ときどき、その間に学生の意見はどう変わってきたかと尋ねられることがある。(中略) 私は明確な傾向には気づかなかったが、1つだけ例外があった。その傾向は1990年代に始まり、現在まで続いているのだが、次のような信念に魅力を感じる学生がますます増えているようなのだ。つまり、自分の成功は自分の手柄、自分の努力の成果、自分が勝ち取った何かであるという信念だ。教え子の間でこうした能力主義的信念が強まってきたのである。(「実力も運のうち 能力主義は正義か?」p.90)

人々が得る地位や評価や財産は、確かに努力によって勝ち取られるという側面がある。勉強を頑張る、スポーツを頑張る、音楽を頑張る、ビジネスを頑張る、こうした努力がなければ、成功には結びつかない。だが同時に、勉強・スポーツ・音楽・ビジネス分野での成功には、運の要素がとても大きく関わっていることも事実だ。勉強に集中できる環境、勉強・スポーツ・音楽に没頭できる学校に進学できる家庭環境、「たまたま」自分の興味関心がビジネス界で受け入れられること*4。究極的には、遺伝的才能は運に帰着できる。スポーツや音楽は言わずもがな、そもそも「何かに没頭して、集中的に練習する」ことも遺伝的才能の一種なのだ。*5

サンデルが指摘する能力主義の問題点はこうだ。「能力主義の物語には実質的に「運の問題」が多く含まれているにもかかわらず、能力主義の勝者はそれを認識していない。勝者は敗者に対して「あなたが負けたのは努力が足りなかったから」と平気で言ってあざ笑う。勝者は、自分が幸運であることに飽き足らず、それに値するという評価を求める*6。」能力主義は、平等を最も重要なポイントとして掲げているが、その裏面には自己責任や努力の義務が書かれている。こうした考え方には負の側面もある。自己責任の考え方が当たり前になると、私たちは自分より恵まれない人々の運命を気にかけなくなってしまう。「私の成功は私の手柄だし、彼らの失敗は彼らの落ち度のせいだ」というこうした考え方によって、共感性がむしばまれてゆく。

全体の主張はこんな感じ。自分個人の意見としては、能力主義のもつこうした問題点は本当に真剣に向き合うべきだが、同時に能力主義以外に納得のいく配分方法がないというのも事実だと思う。*7 競争の勝者は自身の成功を誇らず、運のよさを自覚して謙虚になり、ノブレス・オブリージュ的な思考や振る舞いをするべきではないか?*8

また本書では、「出世できない、下位の人々は、どうしてこの「能力主義の物語」を手放さないのだろうか」という点にも触れられている。興味を持たれた方はぜひ読んでみてほしい。自分のことをまあまあできると思っている人ほど読んでほしいな!

www.hayakawa-online.co.jp

マイケル・サンデル著、鬼澤忍訳「実力も運のうち 能力主義は正義か?」2023年、早川書房
出会った場所: 地元の図書館で。新着コーナーにたまたまあったのと、サンデルは読んでおきたいと思っていたため手に取った。


2024年に読みたい本

もう2024年も1/4終わりそうだけど。

経済学まわり

自分の興味の中心には間違いなく心理学と哲学があるのだが、資本主義分析とか格差についてとかもよく話題にするので、実は経済学にも結構興味がある。なのでこの辺りは読みたいかな:

  • ルトガー・ブレグマン「隷属なき道」、アンガス・ディートン「大脱出」 この2つはChatGPTにおすすめしてもらった
  • ポール・クルーグマンクルーグマン教授の経済入門」 基本をおさえておきたいので
  • トマ・ピケティ「21世紀の資本」 いつかは・・・ね。

積み本消化

  • アリストテレス「ニコマコス倫理学」 欲しいものリストの肥やし
  • ハンナ・アーレント「活動的生」 昨年解説本を読んだのでリトライしたけどやっぱり投げてしまった・・・ また新訳が出たっぽいのでそちらに行ってみてもいいかも。

過去の年間マイベスト

tomato10.hatenablog.com

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*1:アイキャッチ画像はAI生成: https://chat.openai.com/g/g-05Df7Ag8o-samunegaru

*2:タッパーを活用するなど、補助的に他の冷凍テクニックもたまーに登場する。あと解凍の手法とか、冷凍食材を上手に使った料理レシピの紹介もある。

*3:軽々しく書いているけれど、これには前述の通り多忙で私が体調を崩してしまい、プロジェクトを先に離脱したという経緯がある。ちょうどそのくらいの時期に本書に出会ってすごく救いになった。一方「自分を大事に」した結果、大切なチームメイトに負担をお願いすることになってしまったというのも事実。改めてお礼をしなくては。。

*4:たとえば保育や介護は社会にとって非常に重要で欠かせない職業であるにもかかわらず、なぜ収入が低いのだろう?

*5:長くなりそうだったので追加説明をこちらで。能力主義による格差を問題視した場合、税金などの制度によって格差を解消しようとする試みは一つの有効な手段となり得る。ただし、税金によって金銭的な格差を是正することはできるかもしれないけれど、社会的名声や地位までは是正することはできない。能力主義者は、「いやいや政治が介入すべきなのは貧困や経済的な格差の問題であって、名声や社会的評価の問題には立ち入るべきじゃないよ。それは思想信条や個人の価値観の問題じゃないか」と言うかもしれない。サンデルに言わせれば、そんなことはない。名誉や評価の配分の問題は、切実で重要な政治的問題なのだ。

*6:本書の中で、マックス・ヴェーバーの言葉として引用されている。

*7:この『納得感」って本当に大事か?というのも疑問だったりするのだけど、それはまた別の話

*8:あとこれは思いつきだけど、「能力のある人ほど自身の能力を社会に対して還元すべき」という考え方はどうだろうか?能力を持つことに対して、評価ではなく義務を与えることでおごりを防ぐ。能力のある人ほど、馬車馬のように働いて社会に貢献するんだ。やりすぎかな・・・?あれ、なんだ、今と変わらないじゃないか。。