思索日記

本を読んで思ったことを書いてます。

「幸せをお金で買う」5つの授業

『「幸せをお金で買う」5つの授業』は、心理学者のエリザベス・ダン氏とハーバードビジネススクール准教授のマイケル・ノートン氏による、2014年の本(日本語版)です。 本書はお金を使って幸せを買う方法、別の言い方をすると お金から効率よく幸せを引き出す方法 について、レクチャー形式で書いています。 ハウツー本なので読んだ人向けではなく、「これから読んだらいいんじゃないかな」という推薦の気持ちで本を紹介していきます。

本書を手に取った理由

このブログでたびたび言及しているホームラン本である「サピエンス全史」では、人類が繁栄のみを追い求め幸福を軽視してきたことについて語っています。また、このブログで良書だと書いた「ファスト&スロー」では、幸福や苦痛を感じる主体が個人の中に2種類存在することをはじめとして、いくつかの幸福についての研究成果を紹介しています。 そのような幸福についての研究についてまとめられている本が気になっていたので、本書を手に取ってみました。

収入の上昇(と、それに伴う生活レベルの向上)はある水準までは幸福感を高めるが、それを超えると幸福感を高めない ということが知られています*1。私の収入はまだまだここには届いていませんが、有限の収入からより効率的に幸福を得ることが可能ならばぜひそのためのスキルを身に付けておきたいと思いました。本書は、お金から効率よく幸福を引き出す方法について具体的に書いている本です。幸せって金で買えるんだぜ!!というバリバリ資本主義な本ではないですよ。

ところで全くの余談ですが、 幸福を高める とストレートに言った時に感じるなんとなくの宗教っぽさとか、スピリチュアル感のようなものにはたしかに胡散臭さも感じます。また、「ナチュラルでない」「裏技っぽい」のような感想もあるかもしれません(薬物を連想させるから・・・でしょうか?)。一応本書からは、そのような雰囲気は全く感じませんでした。ただ結構出典が明示されていない部分があるので、信頼性という意味では私にはよくわかりませんでした。

どんなお金の使い方をすると幸福度を高めることができるか

本書はレクチャー形式の構成になっていて、ずばり5つの「より幸福になれるお金の使い方テクニック」を紹介しています。目次だけ紹介してみると:

  1. 経験を買う
  2. ご褒美にする
  3. 時間を買う
  4. 先に支払って、あとで消費する
  5. 他人に投資する

まあ出来ている人は自然と出来ているのかもしれませんね。Amazonのレビューには、「当たり前のことしか書いてない」みたいに書いている人もいました。そういうタイプの人は読まなくてもいいと思います。 全然ピンとこない項目があった人とか、「そうは言っても実践するの難しいんだよね〜」と感じた人とかは一読の価値ありと思いますよ。

心理学研究から見えてくる幸福感の高め方

本書では心理学の研究が多数取り上げられています。1つ紹介してみます。

ニュージーランドで行われたある研究では、バケーションに出かけた人々に、旅行の間毎日、電子メールで幸福度を評価してもらいました。1、2週間してバケーションから戻ってから、彼らに休暇全体についての印象を尋ねました。休暇は4日~2週間と長さに幅がありましたが、日程の長さは旅行に対する彼らの全体的な印象に関係しませんでした。

私はこの研究は知りませんでしたが、その結論 = 日程の長さは旅行の全体的な印象に関係しなかった という部分は聞き覚えがありました。ファスト&スローの中で、 持続時間の無視 という原則*2が取り上げられていたからです。

直感や格言が当てにならない

まあこんな具合で、研究から「幸福感を高めるもの」「幸福感に影響なさそうなもの」が少しずつ見えてくるわけですが、先ほどの持続時間の無視のように、直感に反する(休暇は長ければ長いほど良い、というわけではない)結果が得られることが結構あります。

マッサージを受ける前、4分の3の人が、中断なくマッサージを行ってもらいたいと答えました。ところが、マッサージ中に休憩を取らされた人のほうがマッサージをもっと楽しみ、次回にはもっと料金を払ってもいいと思うようになりました。

これは、休憩により集中力が復活し、マッサージを受けることに集中することができたからだと言えます。しかし、多くの人は「マッサージを中断することで集中力が復活して、結果的により多くの喜びを得ることができますよ」と説得されても、そういうコースを選びたいと思わないのではないでしょうか。これも、直感に従った選択が幸福感の最大化につながらない例と言えるでしょう。

バージニア大学の心理学者ティモシー・D・ウィルソンらが行った研究で、ある漫画をとても面白いと参加者に信じ込ませたところ、参加者たちはもっとよく笑うようになりました。マイクたちによる別の研究では、ある政治家が政治討論で見事なパフォーマンスをすると信じ込まされた人々は、今日その政治家は体調が悪いと聞かされた人々よりも、彼の話しぶりを肯定的に評価しました。

一般的には、「今持っているものや今できていることに焦点を当て、それに満足することが幸福につながる」とか、「他人への期待は不満や嫉妬を引き起こす」のようなことが言われます。ですが、上述の研究ではそれとは反対に、期待することが楽しみを増加させたり、肯定的な評価を引き起こすことが示唆されています。

このように本書では、人間の直感や、昔から言われている格言の一部が当てにならないような結論がちらほらみられます。

人間は常に幸福のままでいられるようにできていない

ここから先は余談になりますが、 人間の幸福に対する直感や欲求や衝動は当てにならない −− という考えを、私は少しずつ持ち始めています。

「サピエンス全史」に、次のようにあります。

地上に楽園を実現したいと望む人全員にとっては気の毒な話だが、人間の体内の生化学システムは、幸福の水準を比較的安定した状態に保つようにプログラムされているらしい。幸福そのものが選ばれるような自然選択はけっしてない。満ち足りた隠遁者の遺伝系列がやがて消滅するかたわら、ともに心配性の両親の遺伝子は次世代に受け継がれる。幸福と不幸は進化の過程において、生存と繁殖を促すか、妨げるかという程度の役割しか担っていない。それならば、進化によって私たちが極端に不幸にも、極端に幸福にもならないように形作られていても、不思議はないかもしれない。私たちはあふれんばかりの快感を一時的に味わえるものの、そうした快感は永続しない。それは遅かれ早かれ薄まっていき、不快感に取って代わられる。

「サピエンス全史(下)文明の構造と人類の幸福」第19章 文明は人間を幸福にしたのか より

生物の直感や直感に基づく選択は、生存と繁殖の可能性を高めるようにチューニングされています。このチューニングは長い年月と膨大な数の個体数を使って行われているため、私たちはほとんど労力を使わずに 生存と繁殖の可能性を高めるという意味で最適な 選択をすることができます。また、そのようなときに幸福を(一時的にではあるものの)感じることができます。

ですが、生存と繁殖の可能性を高めるという観点での選択とそれに伴う一時的な快楽は、少し長い目でみたときの幸福を最大化しないことは皆よく知っています。ダイエットしている人の目の前にシュークリームがあるときに欲望に負けてそれを食べてしまうことは、一時的な快楽を増大させるものの長期的な幸福を最大化しませんよね。 *3 このように、 直感や欲望や衝動は幸福とは関係ないシステム だと考えると、私たちは直感にしたがってお金を使うだけでは幸福感を最大化できないことになるわけです。

そうなると、本書のテーマである「幸福感につながるお金の使い方」を学ぶことは、結構有意義なことなのかなと思います。


お金の増やし方や節約術について書いてある本は巷にたくさんありますが、お金の使い方についてレクチャーする本書はなかなか珍しいタイプの本なのではないでしょうか。結構よかったので、他に「時間の使い方」について書いてある良書があったら読んでみたいと思っています。時間のほうは結構いろんなテクニックや考え方があるようなので、探すのに苦労しそうですが。

奥付

「幸せをお金で買う」5つの授業
著者 エリザベス・ダン、マイケル・ノートン
訳者 古川奈々子
中経出版
発行 2014年

*1:ファスト&スローより

*2:有名な冷水実験で確かめられたもので、出来事を振り返った時の全体的な印象には、イベントの持続時間がほとんど影響しないという効果

*3:さらに余談。私は筋トレしつつカロリー制限をしているため食事には気をつけているのですが、ジャンクフードは たまに 食べた方が絶対美味しいです。これは「ここぞというときにご褒美としてお金を使う」という考え方に結構似ているのかなと思いました。ご褒美戦略はお金が絡むとき以外でも有効だと思います。