思索日記

本を読んで思ったことを書いてます。

仕事の楽しさについて 第1回

私はいわゆるIT会社に勤めており、主にプログラムを書いたりソフトウェア製品の開発をする「開発チーム」という部署で働いています。 2022年3月。爆発的な広がりを見せた新型コロナウイルス・オミクロン株の感染の勢いが少しずつ落ち着き始めてきた頃、うちの開発チームと同じフロアにいる別チームの上司から、こんなことをぼそっと言われました。

「最近、開発チーム元気ないね。」

コロナの件で何となく疲弊して暗くなっていたのかもしれないし、会社や開発チームがこれまで抱えてきた問題 (詳細は書けませんが) のせいなのかもしれませんが、確かに私もチーム内にいながらそんなふうに感じていました。それで、チームの同僚の方に声をかけて、「会社で気になっていること、うまくいっていないと思うことを話し合い、業務改善につなげよう」という名目でイベントをやってみることにしました。手前味噌ですがこれが結構 (当初は) うまくいって、割とたくさんの意見が出たし、チームメンバーがどんなことを考えて仕事に臨んでいるのかといった普段話さないような内容のことを真剣に話すことができてすごく有意義な活動になりました。この活動は業務外として自主的に行われたことも特筆すべきポイントで、人は良いと思った活動にはたとえ無償であっても積極的にコミットするんだということを身をもって知るいいきっかけになりました*1*2

さて、そのイベントの中で参加メンバーの1人が 「最近仕事が面白くなくて・・・」 のようなことを言ってくれて、上述のようなきっかけで始まったイベントですのでその場は別段荒れることもなかったのですが、私にはこれが非常に深めがいのあるテーマだなと感じたのです。私も仕事が面白くなかったんでしょうかね。あるいは、仕事は面白くあるべきだと思っていたので思わず反応したのかもしれないです。いずれにしろ、その方の発言が今回の記事を書いてみようと思ったきっかけです。

前置きが長くなりました。今回は仕事の楽しさについて取り上げます。 もともとは前回同様、いくつかテーマに沿った本を読んで、その内容をまとめ・・・ようと思っていました。 ただ、現時点では十分に調べきれていなくて、今回だけでは完結はしません。全部で3〜4回くらいになりそうです。 「仕事の楽しさ」や「幸せな仕事」というテーマで本を読んでみて、大体こんなことが書いてあったよ、というのが第1回の内容になります。 あとやり残しているのは、そもそも「楽しさとは」という部分とか、本を読んでいて浮上してきた重大そうなサブテーマについてとか、本以外の調査とかです。この辺をしっかり調べてまとめて、自分の意見をまとめ直すところまでやれたら完結にするつもりです。

仕事は楽しくなきゃダメですか? 〜仕事に対する価値観の多様性〜

「仕事の楽しさについて」という雑なテーマで目についた本を手当たり次第に読み漁ってみて強く感じたことは、 仕事は楽しくなきゃだめとか、逆に楽しくある必要なんてないとか、仕事を通して自己実現した方がいいとか、逆に仕事にそんなもの求めなくていいとか、いろんな意見があるということです。 本のタイトルだけ眺めてもわかります。(参考文献リストを見てみてください)

仕事に対する価値観は本当に多様で、全員の共通見解はおそらくとれないでしょう。 程度の違いはあれどタイプが違う人と協力し合わなければならないことは誰にだってあり、どこかでタイプの不一致を受け入れる必要があります。 特に会社などで周りの人と協力して働く上で、この「価値観の多様性」を受け入れることができるかどうかは、仕事を楽しむ上でとても大切なのではないか、と思いました。 つまり、自分は仕事を楽しみたいと思っているのに(あるいは楽しむ必要はないと思っているのに)、周りは自分と真逆のスタイルを取ろうとしているとき、 その価値観の違いにイラッとしているようでは自分なりの人生を楽しみづらいということです。 この記事では、仕事に対する多様な価値観についても紹介しますので、価値観の多様性をまずは感じてみてください。

働くことの価値観の変遷

価値観の多様性を感じるには、時間的・空間的に幅広い文化圏の人々について知るのがいいと思います。 極端に違う価値観があることを知るのが手っ取り早いです!

働き方や労働の価値観は時代により変遷しています。農耕が始まってからも、古代ギリシャ古代ローマからも、昭和以降も、今この瞬間も変わり続けています。 雑なところはありますがイラストにまとめてみました。

ポイントを文にすると、

  • 狩猟最終の時代、生きることと働くことはそもそも分かれていなかった*3
  • 古代ギリシャでは、働くことは不自由民のやることとされ、軽蔑されていた。働かないことはそれだけ高貴な証とされた
  • キリスト教の清貧という概念では、他者のために働くけれど自らは貯めない・貧しくいることが美しいとされた
  • 中世のヨーロッパには徒弟制や丁稚奉公という働き方があった
  • キリスト教プロテスタントの考えが誕生すると、しだいに「儲けることは素晴らしい」という考え方が浸透していった*4
  • 産業革命の時代には、児童労働や長時間労働が横行した
    • このあたりから「労働 = 社会の歯車」「労働によって社会にどんな働きかけをできているのかわからない、手応えがない」という感覚が広がった
    • これをマルクスが分析して「労働疎外」と呼び、のちの共産主義に発展した
  • 会社勤めが一般化してサラリーマンが登場した
  • 消費により満足感を得たり、消費により自己表現をしたりする「消費主義」が広まった
  • 仕事には単なる生活のための手段だけでなく、やりがいを求めるようになった
  • ベーシックインカムを見据えた現代では、仕事に対して◯◯◯を求めるようになった・・・これは少し未来のことなので◯◯◯の中に何が入るのか、まだなんとも言えませんね

といったところでしょうか。この中で特に個人的に(2022年時点で)気になるのは、現代が消費社会だという部分です。 現代は消費により他者との差別化をする消費社会なので、人々は「どんな仕事をするか」よりも「何を消費してきたか」で自分を語り、アイデンティティを形成するようになっています。 こうなると仕事から満足感を得ようとする人は減っていき、仕事を単なる手段とみなすようになりがちです。 とはいえ、仕事を単なる道具としてみなしている人も確かにいますが、現代に生きる私たちはかなりの時間を働いて過ごす以上、仕事からなんの影響を受けない人生ということはあり得ません。 だからこそ、多くの人が仕事を通じてなんらかの「自己実現」をしようとしているのです。*5

労働に対するネガティブな見方

労働観の歴史を調べてみて個人的にちょっと意外だったのが、古代から現代に至るまで「いかにして労力を減らすか」ということに人類はずっと悩み続けてきたようだということです。これはつまり、「なるべくなら働きたくない」という労働に対するネガティブな見方は、大昔からずっと存在するということを意味します。おそらくこれは本能的なものと思われます。

なお余談ですが、この「なんとかして労力を減らしたい」という試みが成功し始めたのは資本主義登場以降と思われます。*6 労働力を投下してより生産量を増やそう!という試みは古代から存在しましたが、生産性を高めよう!という考えは「資本主義を成立させる条件」が整うまで定着しませんでした。 *7 ・・・ひょっとして「生産性を高めよう」という考え方は、仕事の楽しさにおいて必須ではないのかも??いろいろと考えが膨らみます。

働くことに対して期待しすぎ!?

L.シュヴェンセンは、「働くことの哲学」の中で、「現代では働くことに対して期待しすぎ」と述べています。まずはきちんとお金をもらって体を養うことが働くことの根本にあるのであって、やりがいとか自己実現とか貢献などと言い出したのはほんの最近のことである、と。 これは(後でも触れますが)アーレントの仕事の分類で「労働」と呼んでいるものーーー生活の糧を得ることーーーが、仕事の基本であるという見方ですね。 個人的な意見では、仕事の中心はこれ!と定めてしまうのはやや反対なのですが、働くことに対して期待しすぎというのはあるかなぁと思います。仕事からすでに高い満足を得ている人にとって、あるいはプライベートからすでに高い満足を得ている人にとっては、働くことに対しての期待感を変える必要はないと思います。ですが、 特に今の仕事に漠然とした不満を感じている人に対しては、「働くことに対して期待しすぎ」というメッセージをぶつけてみたいところです。 興味持たれた方はぜひ「働くことの哲学」読んでみてください。

仕事に対するポジティブな感情は、多くの人が望んでいる

さてここまでは労働観の歴史と、ネガティブめな労働観についてみてきました。 ここから本題の、仕事の楽しさについてみていきます!

今回自分なりにかなり幅広く労働観について収集したつもりですが、 割と仕事に対してポジティブな感情を望む人が多い 印象でした。ネガティブな労働観を持ち続けている人は、比較的少数派です。*8

ただし意外なことに、本を読んでいる限りでは 仕事に対するポジティブな感情として「楽しさ」は主要な表現ではないようでした。 やりがい・面白さ・幸せな仕事・充実した仕事、などという表現が多くみられました。 ですので総括的に考えるときには、 「幸せな仕事」という言葉で考えるといいかもしれません。

何に対して仕事の楽しさを感じるか

何に対して仕事の楽しさを感じるか、仕事に楽しさを感じるべきか、などについては、定説らしきものはないようでした。ここには本当に価値観の多様性を感じました。

21世紀にとった(と思われる)インタビューやアンケートでは、お客様から感謝の言葉をもらったときなどにやりがいを感じる人が多かったようです。*9 もう少し広くいうと、誰かの役に立てているとか、 社会とのつながりを感じるときにやりがいを感じる人が多かったです。*10

それから、何に対して仕事の楽しさを感じるかは人によって異なるものの、企業の経営者やコンサルタントなどステレオタイプ的ないわゆる「社会的に成功した人」は、 内発的動機付け に基づいた仕事の喜びを報告する人が多いなと思いました。 仕事を(もっというと、ボランティアであっても)「自分ごと」化できているときに楽しさを感じる、とも言い換えられそうです。

貢献感は仕事を楽しむのに必要か

「究極的には社会や人類全体に貢献していることにつながっている」という観点で仕事に取り組んだり選んだりしている人は、すごくたくさんいるわけではなさそうでした。 (自分がそういうタイプなので・・・)
ただ、そういう観点を重視していて、実際にそのような仕事ができている人は高い満足を感じているようでした。

「3人のレンガ積み」という寓話を知っていますか?私は今回文献調査をして初めて見かけたのですが、4回も見かけました(笑) こういう内容です。(引用は村山昇「働き方の哲学」より)

中世のとあるヨーロッパの町。 建築現場に3人の男が働いていた。 「何をしているのか?」ときかれ、それぞれの男はこう答えた。
「レンガを積んでいる」。最初の男は言った。
2人めの男が答えて言うに、「カネ(金)を稼いでいるのさ」。
そして、3人めの男は明るく顔を上げて言ったーーー
「後世に残る町の大聖堂を作っているんだ!」。

めちゃくちゃ説教くさいですが(笑)、 個人的にはこの寓話で言おうとしていることにはすごく納得がいきます。 自分がなんらかの形で社会や人類に貢献できていることを感じられたら、仕事におけるモチベーションが維持できるし、とても満足できそうだなと思います。*11

さて一方で*12目の前の仕事に・目の前のお客さまに真剣に向き合うことで仕事が楽しくなるよ というアドバイスは4回くらい見ました。(全然違う本です) 「目の前のお客さまや他部門など、小さくても身近な感謝をもらえるとモチベーションが高まる」*13といった類の内容です。 こちらの方が先ほどの説教くさいアドバイスよりも、もっと受け入れやすく感じる方は多いかもしれませんね。

ちょっと気になるのは、こうした「貢献感」はみんな感じたいと思っているのか?ということです。 ブルシット・ジョブ という本では、「自分がやっている仕事が本当は誰のためにもなっていないのではないか」「自分は役に立っていないのにお金だけもらっているのではないか」という悩みを持っている人がかなりの数いるという衝撃的な内容が書かれていてとても話題になりました。このBSJ(ブルシット・ジョブ)現象 *14 が存在するということは、裏を返せばこうした貢献感を感じたいけれども感じられていない人がたくさんいるということでもあると言えそうです。

仕事の楽しさア・ラ・カルト

ここまで感謝、内発的動機付け、貢献感といった仕事のモチベーションを見てきました。 仕事のモチベーションの種類は他にもまだまだあります。箇条書きしてみるので、自分のタイプはどっちかなー等考えてみてください。

  • 自由にやれることが大好きな人がいる一方で、固定的でマニュアル的なことに没頭するのが好きな人がいる
  • 誰かに期待されるとやりがいと感じる人がいる一方で、のびのびと研究などに没頭するのが好きな人がいる
  • クリエイティブな仕事が好きな人がいる一方で、エッセンシャルな仕事が好きな人がいる*15
  • 動機付けの要因には2タイプあって、「衛生要因」と「動機付け要因」がある。どちらを重要視するかは人により異なる(※ハーズバーグによる動機付けの要因の分類。衛生要因は「ないと嫌だ」タイプの要因で、給与や作業条件・対人関係などが該当。動機付け要因は「あると嬉しい」タイプの要因で、責任や達成・昇進などが該当。*16 )
  • 得意や強みを活かして働くと生き生きする*17: この理論には個人的に結構注目してます

仕事の中心は◯◯である!

働く・仕事・労働・・・ 仕事を表す言葉の表記ゆれについて

ハンナ・アーレントは、著書「活動的生」*18 の中で、人間の「活動的生活」を3つに分けています。

  • 労働: 働いて自分の生活の糧を得ること*19
  • 制作*20: 環境に対して働きかけることで、なんらかのものを作り、自分が存在した証を残すこと
  • 行為: 他者とのコミュニケーションにより他者の意見を聞いたり他者に意見を伝えたりすることで、物質以外の形でお互いに働きかけること*21

普段ひと言で「仕事」と呼んでいるものをこうして分けてみると、いくつもの側面を持っていることがわかりますよね。 分けすぎてわけわからなくなってるまであります。表記ゆれについて今更補足しておくと、 この記事では働く・仕事・労働といったとき、あまり区別できてないです。 一応こういったアーレントの分類とか日常的な言葉遣いのニュアンス(例: 労働といったらなんとなく辛そう・・・等)は意識しているつもりではありますが。

と言っている人はたくさんいるけど意見がバラバラで共通見解はなさそう

「仕事の中心は◯◯である!」と言っている人はたくさんいるけど意見がバラバラで共通見解はなさそうです。 これも先ほど「仕事の楽しさア・ラ・カルト」で書いたのと同様で色々な意見があるため、仕事の要件(これを満たすものが仕事である)と言い切るのは結構難しいなと思いました。 「お金を稼ぎ生活の糧とすること」を仕事と捉えるのは一応一般的な見方だとは思います(アーレントの分類だと労働に該当)。 お金を稼ぐこと以外では、他者や社会への貢献、自分の生き様を残す、などを「仕事の中心は◯◯である!」の◯◯に入れている人がいました。

お金を稼ぐことと生活の糧になることがイコールにならない文化もあって、考えの幅が広がるので紹介します。「働くことの人類学 第1話」では、パプアニューギニアのトーライという民族が取り上げられています。彼らは普通の貨幣経済の社会で暮らしていて、働いて稼いだお金で物を買って、私たちと同じように暮らしています。彼らがちょっと変わっているのは、タブと呼ばれる貝殻でできた別の種類のお金も併用しているということです。タブのお金はいくつかを糸に通してまとめられ、それを束ねた上で輪を作り、結婚式や葬式などの行事で重要な役割を果たします。このタブは「一応」物を買うことができますが、あまりそういった使い方はせず、基本的には貯めておいて冠婚葬祭の時に使う(婚資にしたり、葬式で配ったりする)ためだけのお金です。つまり生活の糧になるわけじゃないということです! タブは葬式で配ることがあるので、誰かの葬式に参列するとタブをもらえます。*22 彼らの社会で、この「誰かの葬式に参列する」というのは働くことに入るのでしょうかね??

ちなみに、報酬を得るというつながりで言うと、「働き方の哲学」では仕事の報酬を7つ挙げています: 金銭、名誉、行為と成果物、信頼と感謝、成長、帰属、次の仕事機会です。 行為と成果物は、望んだ仕事をしているという事実や、自分が働いて何かを作り上げたものや実感のことです。 帰属は、安心感や思い出、コミュニティに受け入れてもらっているという感覚のことですね。

ちなみにもう一つ。「仕事の中心は◯◯である!」の◯◯に、遊びを入れている人はいませんでした。 (個人的には結構意外でした!) 遊びと仕事は、どうやら対極のものとして捉えている人が多そうです。 遊び=それ自体が目的となっている、仕事=それは手段である、という考え方から来ているようです。*23 *24 遊ぶように仕事したい、という人はいました!

仕事に対して求めるものは、立場によっても異なる

この記事で伝えようとしているメッセージの一つは、 「仕事の価値観の多様性を理解しよう」 ということです。 なぜ多様性を理解することが大切だと考えているかというと、特に会社などでチームになって働く際には、自分と異なる考えを持っている人とうまくやっていかないと最大パフォーマンスが出ないからです。 このことはチームの心理的安全性の重要性にもつながっていると思います。

仕事に対して求めるものが人によって異なる理由の一つには、立場の違いが関係しているかもしれません。 会社経営者と従業員とでは、仕事に対する目線が全然異なります。 従業員は自分で会社を経営していないので、リスクを取らず安定指向だと言えます。一方で経営者はわざわざ会社を興している(創業者の場合ですが)ので、従業員よりはリスクを好むと言えそうです。テンプスタッフ創業者の篠原氏は「必要なのはほんの一握りの勇気」と言っていて*25、リスクをとる選択をした人が得られるご褒美的な感覚もあるのかもと私は思いました。*26 *27

幸せな仕事の実現方法

ここまで仕事に対する多様な価値観についてみてきました。そろそろ、幸せな仕事を実現するための方法についてちょっと見えてきた気がするので、僭越ながら(もちろんちゃんとこれまで読んできた本の力を借りて!)まとめてみたいと思います。*28

自分が仕事に対して求めることをじっくり考えましょう

まず、これだけ仕事の価値観の多様性があると、自分が仕事に対して本当は何を求めているのかの声に耳を傾けることが重要そうです。 自分がどの価値観を取っていたとしても、別に間違っているとは言えそうにないためです。 気をつけたいのは、周りの人や手に取った本などが無責任に仕事に対するアドバイスを押し付けてくるかもしれない、ということです。 世の中には、仕事に「やりがい」を求めすぎている風潮があると感じている人がいます。他方で、仕事にお金ばかりを求めすぎていると感じる人もいます。 仕事に対する基本的な価値観が異なれば、適切なアドバイスも異なるはずです。 まずは自分のこれまでの人生を振り返って、自分の特性に合った生き方・働き方を選んだ方が幸せに早く近づけるのではないでしょうか。

以前このブログでミスウォンティングについて触れました。自分の欲求が実は「誤った」欲求であり、それを満たしても幸せに近づかない空虚な欲求であることがあり得るのです。

tomato10.hatenablog.com

やりがいで幸せになれるとか、お金で幸せになれるというのがひょっとしたらあなたの固定観念やミスウォンティングによるものである可能性はあります。 だから、 これまでの人生を振り返り経験から自分に合っているかどうかを見極めることが大事 なのです。

評価軸を多元的に持ちましょう

仕事に対して望むことや、仕事が自分に合っているかを評価するなどの際には、評価軸を多元的に持つのがいい と思います。*29このアドバイスは読んだ本のうち5〜6冊で見かけたので、比較的信頼がおけるといえるでしょう。*30

金銭的な報酬でいえば、自分がどのくらい金銭的な報酬を望んでいるか? 精神的な報酬はどうか? あとは働きがいや働きやすさについてはどうか?等々。

先ほどの「自分が仕事に対して求めていることを考えよう」と併せて、じっくり考えてみるのが良さそうです。

チームで働く場合、心理的安全性を高めましょう

会社などチームで働いている場合には、心理的安全性を高めることが直接衛生要因を高め、幸せな仕事を導くかもしれません。 多様な価値観のメンバーがそれぞれの良さを発揮するためには、各メンバーがチームに受け入れてもらっている感覚を持てて、心理的に安全な状態で自由に発言できることがベストだからです。

→ 以前のグラレコ風まとめ「心理的安全性のつくりかた」も参照

tomato10.hatenablog.com

強みを活かして働いてみましょう

仕事の楽しさや幸せ・喜びをどこに感じ取るかは人によって様々ですが、 チームで働くときにはチームメイトの傾向を知っておいた方が、より効果的に・より有意義に仕事することができるかも? と思いました。 例えば、教えたがりの人に教えてもらうようにするとか。 得意なタイプの仕事をお互いに融通し合う、などもいいかもしれません。 あとは、お互いの傾向を知っておけば、感謝の言葉をいうときに言葉選びがしやすくなるかもしれません。成長を褒められたいのか、それとも成果を褒められたいのか、みたいなところまでお互い分かり合っていたら、そこを上手に刺激し合うことでモチベーション維持に繋がりそうです。*31

そのほかよく見たアドバイス

個人的に重要だと思ったというよりは、たくさんの方が書いていたのでおそらく本当に重要なんだろうなと思ったアドバイスを2つ載せておきます。

  • 3人のレンガ積みの寓話
    あの説教臭いやつです(笑) レンガを積むという小さなレベルでの作業として捉えるのではなく、究極的な目的のレベルまで視野を広げることでモチベーションが高まることを示唆しています。
  • まず目の前の仕事に真剣に取り組むこと
    (特に新卒など)仕事観が固まっていないとき、「仕事に漠然とした期待はあるけどなんとなく夢中になれない」タイプの方に向けたアドバイスとして頻繁に見かけました。この記事でこれまでさんざん書いてきたように、仕事に対する態度のあるべき姿などは特に固定的なものではないので別にそのことで悩みすぎる必要はないと思います。しかしやはり人生のうち多くの時間を費やす仕事という活動になんらかのポジティブな感情を得たいと考えている方は、「まず目の前の仕事に真剣に取り組む」ということを嚆矢にしてみるといいと思います。

仕事の楽しさについて 第1回はここまでです。なんとなくのきっかけで、ちょっと本気になって仕事の楽しさについて調べて、自分なりに考えてみました。 調べ足りてない感覚があるので、第2回に続きます。

次回予告(今後の課題)

まだ調べ足りないと思っているのはこんな感じです:

  • 楽しさについて: 今回は仕事についてを軸に調査したので、「楽しさ」の側からも調べてみたいところ
    • 遊びと楽しさの関係
    • 「無報酬でパズルを解かせたグループと、報酬ありでパズルを解かせたグループでは、前者の方が自主性が高まった」という有名な実験(ソマ・パズル実験)
  • ポジティブ心理学的な観点から、幸せな働き方について掘り下げてみる
    • 強みを活かして働くと幸せだよね、という部分について
      • 強み: VIA強みテスト、非認知能力
    • モチベーション理論、自己決定理論
  • 実存主義について
    • 頻繁に目にした「実存の問題」とは何なのか?自分がさびしさと表現したものに類似しているのか?
  • 統計調査
    • べき論を除いて、現代人のありのままの考え方や行動について
    • 労働者意識調査みたいなのを漁りたい: 市立図書館のレファレンスサービスに頼ってみましたがすぐには良いのが見つからなかったので、もっと気合い入れて調べてみようかなと思ってます
  • 自分で、自分の身の回りの人にインタビューをしてみたいです
  • ここまでやって最後に総集編が作れそう?

参考文献

☆マークの書籍・Podcastは特におすすめですので興味持たれた方はぜひ読んだり聴いたりしてみてください。

主要参考文献

  • ☆村山昇「360度の視点で仕事を考える 働き方の哲学」2018年、ディスカバー・トゥエンティワン
  • ラース・スヴェンセン「働くことの哲学」2016年、紀伊國屋書店
  • デヴィッド・グレーバー「ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論」2020年、岩波書店
  • 池上彰 監修「なぜ僕らは働くのか」2020年、学研プラス

そのほか参考にした文献

Podcastなど

*1:あとホーソン効果もすごく強く感じた。あの活動が盛り上がっていたとき、チーム内には妙な高揚感とか連帯感みたいなものが生まれていたと思う。

*2:私信。今は止まっちゃってますがまたやりましょうね

*3:イラストではわかりやすさを重視して、これらの価値観の変遷が直線的であるように書いていますが本当は誤解を招く表現で、このように「進化的に」変遷したと捉えるのは良くないと個人的には思っています。「働くことの人類学 第2回」では、現代にアフリカで狩猟採集をする方々ーーー正確には狩猟採集「も」する方々ーーーのことが紹介されていて、その方々によれば私たちのような民族は「一つのことをすることに固執している」とのこと。なんと彼らは狩猟採集もするし、会社員で働くサラリーマンでもあるのです!彼らは貨幣経済「も」活用するし、かといって狩猟採集をやめることもありません(ちなみに狩猟採集は、ちゃんと生活の糧を得るためにやっています)。私たちの仕事に対する価値観を考える上でも重要なヒントになっている気がしませんか?彼らは、生活の糧を得るということ「だけ」を狩猟採集に求めているわけではない気がします。

*4:プロ倫より。(エアプです)

*5:将来の夢に特定の職業を挙げたり、仕事で誰かを助けたい・人を笑顔にしたいといった願いを実現させたりすることを広く「自己実現」と呼んでみました。実存的な問題に取り組む、という言葉でもいいのかな?と思いますがあまり詳しくないので実存主義エアプはやめときます・・・

*6:ウィリアム・バーンスタイン「豊かさの誕生」およびコテンラジオ「お金の歴史シリーズ」より。

*7:世界史に疎いと何を言っているのかさっぱりわからないと思うので軽く解説します。2022年現在では成長が鈍化しているとか脱成長の時代だとかよく耳にしますが、それは現代で支配的な「成長の神話」にとってみれば鈍化しているに過ぎないだけです。資本主義が成立するきっかけである産業革命よりも前にはこのような「継続的に約束された経済成長」はあり得ませんでした。バーンスタインによる「資本主義を成立させる4要件」の一つに、私有財産制の確立というものがあります。私有財産制がない社会など今では考えられませんが、これが当たり前でない社会での「経済成長」とはどのようなものかを考えてみてください。自分で頑張って生産性を高めてより多くを稼ぐようになったとしても、私有財産制がないので余剰分が自分のものにならないのです。これでは生産性を高めるというモチベーションがわかないのは当然ではないでしょうか? 産業革命以前の多くの国々で私有財産制を欠いていたため、生産性を高めるという考え方は決して当たり前ではなかったのです。

*8:仕事に対してポジティブな観念を持っている人の方が本を出しがち、というバイアスはかかっている可能性はあります。実際、経営者とかコンサルタントが、自らの成功体験を書いている本も今回何冊か読みました。他方、今回なるべくそのようなタイプの本に偏らないように本を選んだつもりです。わざわざネガティブめなタイトルをつけている本も読んでみてバランスを取りました

*9:原典当たれていない上、調査の名称をメモり忘れた!労働者意識調査みたいなのは第2回か第3回くらいで調べたい

*10:誰かや社会のためになっていること「にこそ」仕事の本来的な喜びがある!という主張には個人的には賛成ですが、根拠を問われるとうまく答えられませんね

*11:注意したいのは、仕事の面白さに複数のレイヤーがあることは認めるけれど、それに優劣をつけたくないなと思っているということです。あと、「誰かの役に立つ」ことに潜在的な面白さがある(五十棲剛史「なぜ、あなたは働くのですか?」より)のは個人的にはとても共感するけど、この考え方だと利己主義者はどうやっても説得できなさそう。。今回私があくまで「価値観の多様性を感じた」という主張に徹しようと思ったのは、このように単一の考え方だけでは、タイプの異なる楽しさのツボを持っている人にはうまく刺さらないだろうなぁと感じたからなのです。マックジョブだって立派なエッセンシャルな仕事の一つなはず。こういった仕事を蔑んでいる感覚がどこかないだろうか?

*12:一方でと書いたのは、私は目の前の仕事にコツコツ取り組み目の前のお客様を一人ずつ幸せにしていくということよりも、一つ大きなことを成し遂げてたくさんの人々を一気に幸せにすることを指向している、ということがあります。なので一般的には「大聖堂づくり」も「目の前のお客様を喜ばせる」というのも、どちらも社会貢献として同じカテゴリに入れられそうですが、私にとっては異なるカテゴリに見えているのです

*13:川上真史「のめり込む力」より

*14:デヴィッド・グレーバー「ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論」の序章のみ読めば概論はわかるかと。ほんの一部引用するとーーー わたしは日頃から、その手の小論のアイデアを一つ二つはあたためている。そこで、そのうちのひとつを手短な文章にまとめあげ、かれに差し出したのだった。題して「ブルシット・ジョブ現象について」。  その小論は、ある直感にもとづくものだった。はた目からは、あまりすることのなさそうでおなじみの仕事がある。つまりは、人材コンサルタント、コミュニケーション・コーディネーター、広報調査員、財務戦略担当、企業の顧問弁護士といった仕事である。あるいは、ある委員会が不必要であるかどうかを議論するための委員会に大いに時間を捧げているような人びとがいる(これは大学という環境ではとてもなじみがあるものだ)。そのような仕事の一覧表は、際限なくつづくようにみえた。わたしにとって気がかりだったのは、もし、これらの仕事がほんとうに無益なものであるならば、この手の仕事に携わる人たちは、そのことに気づいているのではないか?ということだった。自分の仕事が無意味で不必要なものだと感じている人間に、だれもがしばしば出くわしているのはまちがいない。こんなに陰鬱なことがほかにあるだろうか?ーーー(引用おわり) ここで挙げているような、「自分の仕事が無意味で不必要なものだと感じている人間」にとっての仕事を本書ではBSJと呼んでいます。

*15:ここでは新しい製品を作るとか、新しい市場を開拓するなどの特性を指して「クリエイティブ」と呼び、事務的な仕事や看護・医療・販売・インフラなどの維持する(メンテナンスする)特性を指して「エッセンシャル」と呼んでみています。よく考えると全然違う軸の概念だしMECEでないですが、個人的にはしっくりくるのでそのままにしています

*16:村山昇「働き方の哲学」p.172

*17:電通Bチーム「仕事に「好き」を、混ぜていく。」、M.セリグマン「ポジティブ心理学の挑戦」など

*18:原著名"Vita activa"。日本では「人間の条件」として有名。昔の日本語訳のタイトルが「人間の条件」だった。最近新訳版が発行され、こちらのタイトルが「活動的生」。

*19:アーレントは、「労働」は働いて自分の生活の糧を得ることとしたので、現代の会社員にとっての「労働」は「毎日職場に行って(あるいはリモートで)仕事と呼んでいることをすること」に相当します。ですがこの解釈によれば、労働はそれだけではなく、料理したり掃除したりすることも相当します。生活の糧を得ることですからね。あとは狩猟採集をしている人にとっては狩猟・採集は労働だし、会社で働いてはいるけれどそこに生活の糧を得るという目的があまりない場合には、労働的性格は少ないと言えるでしょう。

*20:「人間の条件」ではこれを「仕事」と訳していた。複雑!

*21:解釈は私による拙いものなのでどうかご容赦ください... 詳しい方の解説を見た方が正確かと存じます

*22:これだけがタブを得る方法ではないようです、詳しくは「働くことの人類学 第1話」を聞いてみてください

*23:Podcast相対性理論「真面目に遊ぶ人類の謎」より

*24:この考え方が正しいとすると、究極的なレベルで自由な仕事は存在しないのかなーと思ったり。「究極的にはそれ自体以外のなんらかの目的をもつ活動だけど、そのための手段の自由度は保証されている」というのが仕事における自由の限界なのかも。。

*25:篠原欣子「探そう、仕事の、歓びを。」より

*26:反論として、経済的とか資質的に優れたものを持っている人がだけが味わえる、強者の論理だなとも言えるかもしれませんが

*27:「AI時代の労働の哲学」の中で、稲葉氏は「経営者はリスク選好、労働者はリスク回避というのはちょっと古典的で単純すぎ」と言ってます。資本家にも労働者にも、両方のタイプがいるとのこと。労働者であれば、成果報酬が好きな人はリスクテイカーだし、固定給が好きな人はリスク回避者だと言える、と。確かにそうかも・・・

*28:心理的安全性と職場の満足度に関する論文とか見つけたけど読めてない。あと次回予告にも書いたように統計調査などはまだ調べてないので、多くの人が実際に仕事に関してどういった悩みを持っているのか等は想像に頼っている部分があります。なのであくまでも現時点で私が感じた内容になってますのでご容赦ください

*29:無責任なアドバイスに注意、と自分で言ってしまった後なのでちょっと説得力ないですね

*30:「あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。」など、仕事に対してネガティブめなメッセージを出している方もこのようなことを言っていたので、本当に重要だと思います。この本に関して個人的な意見を付しておくと、仕事にやりがいを感じることで主観的に不幸になってしまう(例えば過労してしまうなどの理由で、外的な理由で不幸になる)のであれば確かに問題だけど、仕事にやりがいを感じていること自体が主観的に不幸なんてことは定義的にあり得ないのでは?と思いました。それ意味わからなくない?仕事のやりがいを感じること=会社への忠誠、と考えているように見えて、どうも短絡的な意見だなと感じました。仕事って会社以外でも別にできますし。ただ、この方が言うように社会のレールから外れることのリスクが大きすぎる、会社員として生きることがスタンダードだという意識が社会に強すぎるというのは割と同意します。

*31:この節の主張は今のところ主観的なレベルにとどまっていて、参考文献から見えてきたものではないので一応注記しておきます。Podcastコテンラジオ「【番外編#48】株式会社コテンの文化 〜ひとりひとりがパフォーマンスを自然に発揮できる人材配置〜」、VIA強みテスト、小塩真司「非認知能力」などから影響を受けた考え方です。仕事の楽しさシリーズの次回以降で深掘りする予定です。