思索日記

本を読んで思ったことを書いてます。

失敗の本質 日本軍の組織論的研究

失敗の本質 日本軍の組織論的研究 は、戸部良一野中郁次郎らによる、大東亜戦争*1 における日本軍の戦い方を分析・反省し、教訓を抽出した本です。 本書冒頭で語られていますが、本書は純然たる戦史研究の本ではないです*2 。また、大本営レベル = 政治レベルの話も扱いません。つまり、「日本がなぜ負けると分かっている戦争に突入したのか」的な内容を扱いません。そうではなく、 日本軍の戦い方のどこが適切でなかったか について取り扱っています。

構成としては3章構成になっています。1章では大東亜戦争における代表的な戦い(ノモンハン事件*3ミッドウェー海戦ガダルカナル島の戦いインパール作戦レイテ沖海戦沖縄戦) について取り上げ、1つ1つの戦況を外観して分析を行っています。2章ではこれらの戦いの分析を横断的に捉え、共通する教訓について抽出しています。3章ではその教訓を組織論的に一般化し、今日の我々が活用できるようにまとめています。

余談ですが・・・本書はAudible版で14時間を超える結構なボリュームがある本で、せっかく読んだのでTwitterで色々と呟いてみたら、「猫町倶楽部というところが主催している読書会があって、本書を取り上げるよ」ということを教えてもらいました。なのでそれきっかけで本書の読書会にも参加してみました。 読書会に参加したのは本記事を書いた前後ですので、そこで色々と思考が整理された部分もありました。(記事には反映できてない部分も結構あるけど)

さて、以下では私が本書を読んだ感想について書いてみます。読書感想文なのでネタバレ含みます。

全体的に

面白いといえば面白かったのですが、 教訓的なものは大組織、それも軍事組織向け って感じで、正直私レベルの人間ではうまく活かせそうにないかなと感じました。 とはいえ読み応えはありました。せっかく読んだので、面白かったところ・勉強になったところ・難しかったところについて私なりにまとめてみました。

面白かったところ

エピソードが面白い

大東亜戦争における代表的な6つの(負けた)戦いは、どれも有名で名前くらいは聞いたことがあるのですが、どれがどんなエピソードを持っているかとか正直全然知りませんでした。 「ミッドウェー島ってどの辺?日本の南の方だっけ。インドネシアらへん?」みたいな。 本書で語られるエピソードはプロフィール的な触りの部分だけなのですが、それでも臨場感があり、時には「うわぁ・・・」と言ってしまうようなヤバい描写もあって、結構興奮しました。インパールやばいよね。。。

経験と重なるところがいくつかある

私はIT業界で働いていて、いわゆる「失敗プロジェクト」に関わったことがあります。本書には失敗プロジェクトとして共感できる部分とか、組織でありがちなこととか、やばい上司とか、そういった経験と重なるところがいくつかありました。

具体的にどこが私の「失敗プロジェクト」に重なったのか –– はあんまり詳しく書いたら多分怒られますが、例えば 目的の二重性 とかが当てはまります。目の前のお客さんを満足させることと、「知識の蓄積」「技術検証」みたいなものの2つの性格を持ったプロジェクトだったので、結果的に二者択一を迫られた際にチーム内で意識の統一ができなかった、ということがありました。

「発明は必要の母」 by 銃・病原菌・鉄

実際の発明の多くは、人間の好奇心の産物であって、何か特定のものを作り出そうとして生み出されたわけではない。

これはジャレド・ダイヤモンド「銃・病原菌・鉄 下巻」からの引用でした。さて、本書「失敗の本質」でも、これに関連するエピソードが登場します。 米軍が豊富な兵器量を誇ったために、それをうまく活用した戦術を編み出すことができた、という部分です。米軍が新型の戦闘機やB29のような長距離戦略爆撃機を開発したことによって、米軍はそれまでの大艦巨砲主義から航空主兵へと転換することができるようになりました。それに対して日本も高性能の零戦を作製したものの、こちらはベテラン搭乗員がいてこそ威力を発揮するものであり、搭乗員の不足に悩まされた戦争中期以降は零戦をうまく戦略に取り入れることができませんでした。

勉強になったところ

勉強になったというか、当然といえば当然なのだけどなかなかできてないよね、という内容が結構多かったように思っています。

目的共有の重要性

作戦・プロジェクトの目的をはっきりさせ、それをメンバーに周知させることの重要性が本書で語られています。プロジェクトマネジメントの本にも同様のことが書いてありました。また、作戦目的の二重性(二重であるべきでない)については先に触れました。「AしつつB」という目的は、AとB二者択一を迫られた際にどちらを選ぶべきなのかがはっきりしておらず、特に危機対応の際に致命的な判断ミスを起こしてしまいます。

本書では、目的意識のすり合わせの方法の1つとして、米ニミッツ司令官は 部下と住居を共にするなど、日常レベルでも価値や情報、作戦構想の共有に努めていた というエピソードが語られています。果たしてこれは現代の私たちに合った教訓といえるのかは疑問だな、もっと感情的にいうと嫌だなと思いました(反省からは好みの = 感覚にマッチした教訓がいつでも得られるなんて思ってないけどね)。まあでも、どうなんでしょ。実際 部下やチームメンバーと頻繁にメシを食いにいくチームは強い とかあるのでしょうか?私はお昼ご飯は同僚とではなく一人で食べたいタイプなのですが。。

強い組織 = 柔軟な組織

本書では「学習棄却」とかいう言葉で語られています。「周囲の環境に適応する = 成功体験をパターン化する」ことを「学習」と呼ぶならば、 「周囲の環境の変化に適応するために、これまでの成功体験を捨てる」ことが「学習棄却」と呼べそうです。 日本軍は学習はできたものの学習棄却ができなかった、ということが書かれています。日本軍は自らの作り出した必勝パターンにどっぷり適応してしまい、戦争の近代化という環境の変化に適応できませんでした。

ここから、私たちは何を学べるでしょうか?正直、これまで人類が作ってきた 巨大な組織 (国家とか、大企業とか) は大抵パラダイムシフトのタイミングで崩壊し入れ替わってしまっていて、ここで語られているような学習棄却ができた組織なんてなかったんじゃないでしょうか。。200年も続いた政治組織や企業ってありましたっけ?あってもごく少数だと思います。

学習棄却を行うには、そのための土壌が必要です。異端者を排除せず論理的な議論ができる制度と風土、学習を軽視せず情報の共有ができる仕組み、これまでの成功体験を捨てる覚悟、です。情報の共有については、テクノロジーでなんとかなる部分があると思います。書き言葉の発明、活版印刷、電信、インターネットなどの発明により、情報の共有のハードルは飛躍的に下がりました。 ですが、 異端者を排除せず / 論理的な議論ができる / 成功体験を捨てる覚悟 についてはどうでしょうか?個人レベルや小さな企業だったら可能かもしれませんが、巨大な組織だとどうでしょう?

これについては「巨大な組織」が民主的な組織である場合と民主的でない組織の場合で考え方が分かれると思います。国のような民主的な組織を想定すると、異端者を排除しない・論理的な議論をする・成功体験を捨てる覚悟を持つ のは私たち市民ですから、結局のところ市民一人一人がそういった意識を持つしかなさそうです。啓蒙したり、教育したりして気長に待つしかないでしょう(あるいは、戦争に負ければ話は早いですが)。一方で企業のような非民主的な組織を想定すると、これはもうトップがそういった先進的な考え方を持っていることに賭けるしかないでしょうね。 何を言っても無駄なトップが率いる会社は、とことん適応して成功体験に乗った時はいいが、パラダイムの変化についていけずに倒産する と思います。

標準化の恩恵

意外なところでテイラーの科学的管理法が登場しましたね。考えてみればなるほど、という感じでした。徹底的な標準化により兵器の大量生産が実現し、それが米軍の豊富な物量を支え、さらに 豊富な物量を活用した戦術 につながりました。

これはあまり現代に合わない部分もあるかな?と思います。生産においては、現代では中品種中量のロット生産や多品種少量生産が多くなっています。また、戦争においては自動化や情報化が進み、「アホでも操作できる兵器を大量に作り、大量のアホに操作させる」やり方ではなくなってきています。 一方でプロジェクトの進め方などの「やり方」を標準化したり、インターフェースを標準化するなどは現代でも嬉しいことがたくさんあるのかなと思いました。

帰納的、演繹的

帰納的と演繹的という言葉が登場しました。日本の組織は戦略策定が得意で、 カイゼン(改善) に向いている、アメリカの組織は演繹的な戦略策定が得意で、学習棄却がやりやすい。シリコンバレー発の新しいイケてるサービスなんかは、まさにアメリカの演繹的戦略策定から生まれそうです。

なんかこうやって比較すると、日本のカイゼン的スタイルもありなんじゃないかって気がしてきちゃいます。日本からGAFAMみたいな企業が生まれる気が全くしませんし。

難しかったところ

実生活に応用しづらい: ビジネス書としてどう読むか?

当然なのですが、日本軍という「私たちの一般の生活といかにも関係ありそうな失敗」ではないし、あらゆる失敗パターンを集めたものではないです。 なので私たちが実生活や仕事に活かせる教訓を、本書からどう抽出するかは結構難しいです。 また、軍の特殊性(規模、目的、人命がかかっている、など)も、難しさにつながっていると思います。

それから、「戦争には相手がいる」ということもあります。もちろんビジネスやプロジェクトにもお客様や競合相手はいますが、まさに勝つか負けるかといった意味での相手がいるわけではありませんからね。そこもビジネス書として教訓を活かすために一工夫が要る理由になっているのではないかと思います。

戦略原型(パラダイム) = ビジネスモデル?

なんとかビジネス書として読んでみたかったので、私はこう読んでみたよ、という話です。

日本軍が固執した「白兵戦思想」とか「艦隊決戦思想」という戦略原型(パラダイム)は、ビジネスにおける ビジネスモデル に読み替えることができるのかな?と思いました。 現代ではコロナの影響で、大きな時代の変化が来ています。このような時代の変化で、旧来の戦略原型 = ビジネスモデルの一部には、もう通用しなくなるものが出てきます。こうした中で組織が生き残っていくためには、前で述べたような学習棄却がやっぱり必要なのかなと思いました。

実生活に応用しづらい(再)

・・・いや、そうじゃないんだ。ここで本当に言いたかったのは、ビジネス書としては価値がある本だったけど、やっぱり個人として実生活に応用したい!幸せに生きるためのヒントが欲しい!ということでした。本書はそういったタイプの本ではありませんでした。これはただの愚痴。

意見が対立した時の「個人による統合」

このように、個人による統合は、一面、融通無碍な行動を許容するが、他面、原理・原則を欠いた組織運営を助長し、計画的、体系的な統合を不可能にしてしまう結果に陥りやすい。

個人による統合ってどういう意味だろうか。。現場レベルにおける担当者間の微調整とかそういう意味だろうか。
「トップという個人」による統合、という意味ではないのだろうか? ここが日本語的にうまく読み取れませんでした。

Audible向いてない

本書は最初Audibleで聞きました。私は戦史に明るくないので、結構読むのに苦労しました。特に第1章は地図がないと位置関係が全然わからないし、漢字で見るとなんとなくわかる人の名前も音だけだと同一人物だったかどうかすぐ忘れちゃうし、眠くなっちゃうし・・・。 勉強会に参加するきっかけで、改めて電子書籍版を購入してじっくり読みました。そしたら割ときちんと読むことができたかな、と思っています。

読もうと思ったきっかけ

  • Audibleで他の本を読み終わり(聞き終わり)、次に読む本を探していて出会ったので。
  • ビジネス書がいいけど、「7つの習慣」みたいな意識高い感じの本はちょっと嫌だったので。
  • 会社でプロジェクトの反省をする機会があって、失敗プロジェクトについて語った本書が気になったので。
  • 「しくじり企業」的な、失敗プロジェクトについて語ったものが好きなので。

読書会で挙がった意見とそれに対する私の意見

私が参加した読書会で、私のグループで挙がった意見として、「人命軽視というか、数でしか損害をみていない」「損害は数になってしまうが、その中には実際の命・人生が含まれている。読んでて辛い」というものがありました。

この考えは感情的で、まさに本書で警告されている情緒主義に繋がってしまうと思いました。確かに兵士一人一人に感情移入してしまう気持ちはわかりますが、戦争はまさに成果が求められるものであるからこそ、情緒に左右されず冷徹に数字で成果と損害を見つめる必要があると思います。

源田航空参謀は次のように回想している。「図上演習や兵棋演習ならば、文句なしに第二次攻撃隊(の発艦)を優先させたであろう。しかし、実戦では机上のコマを動かすのとわけが違う。血の通った戦友を動かしているのである。……長い間、苦楽を共にしてきた戦友達に、『燃料がなくなったら、不時着水して、駆逐艦にでも救けてもらえ』という気持ちには、どうしてもなれなかった。」

これと同じことを繰り返してはいけません。

奥付

失敗の本質 日本軍の組織論的研究
戸部良一、寺本義也、鎌田伸一、杉野尾孝生、村井友秀、野中郁次郎 著
1984
ダイヤモンド社

*1:本書中の表記に従う

*2:純然たる戦史研究の本を読んだことがないので本当かは知りません

*3:一般的には大東亜戦争に含まれないものの、いくつかの重要な教訓を含んでおりその後の反省とつながっている